同じ発音だけれど意味が異なり互いに区別される単語を同音異義語といいます。
例えば、
①判断をアヤマる ②素直にアヤマる ―カタカナ部分を漢字で表記せよ
などとあった場合、①は誤で②は謝 だとわかります。
「誤る」と「謝る」は同音異義語というわけです。朝飯前でございましょう。
しかし、「異常」と「異状」、「苛酷」と「過酷」のように、共通の字が含まれている熟語となれば、意味も似通っているのでやや使い分けが難しくなります。
異常と異状
異常・・・つね日ごろの”つね”ではないことから、普段とは異なること。「異常気象」
異状・・・「状態」「現状」など、”状”は姿や形質を表す。つまり、様子がおかしいこと。「館内異状なし」
苛酷と過酷
とくに、惨(むご)たらしく無慈悲である場合には「苛酷」のほうが使われます。
どちらの漢字にすればよいのか思案に暮れるかもしれませんが、人の悪意が込められている事案には「苛酷」が充てられている気がします。
想定外のことにも見舞われた →苛酷
想定していた内容だったが過度だった →過酷
「苛酷な課税」「過酷な労働現場」
遊戯と遊技
遊戯・・・おあそび。遊園地などは遊戯施設。
遊技・・・パチスロやマージャンなど営業施設で行われる娯楽
保障と保証
保障・・保護。損なわれないように支える。「社会保障」「安全保障理事会」
保証・・責任。約束。「連帯保証人」
召還と召喚
召還・・”呼び戻す”こと。「外交官を召還する」
召喚・・定められた日時に指定の場所に”呼び出す”こと。「勇者として召喚されたけど世界は平和だった件について」
英知と叡智
共通の字はありませんが、例外で取り上げました。
広義では同じ解釈をし、両者とも人間の優れた知恵や知識のことを表します。
「英」は優れている意。「英雄」「英断」「英才教育」など。
「叡」は左偏が”谷”と”目”から成っており、深きを見通すという意味があります。熟語では「叡覧」「叡慮」など、天皇の行為に用いられます。
智は知の後からできた漢字で、下に追加された「日」はお日様、つまり”太陽”だとか、日ではなく実は”いわく”の「曰」であるとか、違いについては諸説あるのですが、深遠にまで及んだ含みを帯びているのはイメージとしてあるのではないでしょうか。
「知」…情報として知っていること 「智」…核心・本質を理解していること
とまあ、私の勝手な解釈なのですが。
「叡智」と表記している場合は、人知を超えた(人間の手の届かない)領域を示していることは窺えます。
今日はこれで終わり。
さようなら。