寿司屋に行くと、日常では見かけない言葉に出会います。
まず暖簾にかかれている文字が”寿司”とは限らず”鮨”や”鮓”など変幻自在。
くずし字で書かれていて何と読むかわからない品書きであったり、魚へんの漢字が大量に書かれた湯呑み、ネタのグレードで値段が変わる松・竹・梅。
また、寿司と一緒にいただくであろう日本酒の銘柄も、詳しくない人にとってはなかなかに難解です。
さらには捌かれる時を只管(ひたすら)に待つお魚たちが棲息する生簀があったりと、まさに都会の片隅にある一壺天(いっこてん)。年に一度は目の正月とばかりに寿司屋に足を運びたいものです。
とくに店の中で飛び交う業界用語は、聞き慣れたものもありますが、奇異なものも多いです。その寿司職人の間で使われる業界用語を「符牒(ふちょう)」と呼ぶそうですが…、すでにその時点で頭が痒くなりそうです。
「ガリ」「シャリ」「ナミダ」…幾つ思い浮かびますか?
「あがり」
お茶のこと。
花柳界(芸者・遊女の社会)では、人気がない芸者が暇を持て余していることを「お茶を挽く」と言うことから、「お茶」は縁起のいい言葉として使われていませんでした。それとは逆に、ご指名があり座敷に上がれる人気の芸者を「おあがりさん」と読んだことから、縁起を担いで「あがり」と呼ばれるようになったと言われています。
「むらさき」
醤油のこと。
こちらも諸説ありますが、そのまま色が紫色であることから。昔の「紫」は、現在よりも赤みがかった色のことを指していたそうです。今とは一般認識が違っていたということですね。
「おあいそ」
これは最も人口に膾炙していると思います。まぎれもなく「お勘定」のこと。ただ本来は、店側が客に対して「愛想がなくて申し訳ございません」と勘定書を出す場面で使われる言葉。
客の立場で「おあいそ」と言ってしまうのは、「貴店の料理にはほとほと愛想が尽きました」という意味になってしまうので(由来を重んじるならば)避けたほうがいいかもしれません。
「兄貴」
比較して、先に仕入れたものを「兄貴」、後に仕入れたものを「弟」と呼ぶそう。
つまり「兄貴」と呼ばれるものは鮮度が落ちたネタだということ。これぞまさに隠語というべき業界用語。
言い方を変えて、「ニイサン」はたまた「ネエサン」などと呼ぶこともあるそうですが…。客の中にもそれがわかる人もいるので、職人間でも迂闊に発せない言葉ではあるでしょう。
「シャリ」
酢飯。
釈迦の遺骨「仏舎利(ぶっしゃり)」に似ていることが由来。米を研ぐときの音からという説も。
白色のお米を細かく崩れた遺骨の破片と喩えたのは、すこぶる連想が逞しいですね。
骨はやがて土に還り、めぐりめぐって五穀豊穣の大きな要素となります。
「片思い」
アワビのこと。
磯の鮑の片思いということわざが由来。一枚貝である鮑が磯でたたずむ様子を、むくわれぬ一方通行の想いとして喩えた言葉だ。
起源を辿ればさらに古く、”伊勢の海人(あま)の朝な夕なに潜(かづ)くとふ鮑の貝の片思いにして”『万葉集』。
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アワビを「片思い」と言ったり、シャコを「ガレージ」といったり...粋と言えば粋なのでしょうが、少々回りくどくも思えなくもないです。私は好きですが。
職人の間で使うなら味が出て格好がつくのですが、単なる一人の客として使うのは洒落っ気があるとはいえ、なんだか躊躇われます。(←個人的感想か…。)
ただ、「おあいそ」は、店側が客に対して謙遜して用いる言葉であるというのは覚えておきたいですね。
以上。