今回は故事成語から。
中国の歴史書には、心豊かに生きるための知恵や法則が詰まっており、読めば読むほどに新たな発見があります。
さて、危急存亡の秋(とき)とは、存続か滅亡かの危険な事態が目の前に迫っている状態のことを言います。
この故事成語ですが、あの三国志で有名な蜀の宰相、諸葛亮(孔明)が記した『出師の表』が原典となっています。
劉備の後任として、劉備の子である劉禅(りゅうぜん)が蜀の二代目皇帝となりました。
魏の曹丕、呉の孫権が国を強固にまとめる中、豪族のボンボンとして育った劉禅は特にこれといった危機感を感じることなく暮らしていました。
これを見かねた諸葛亮は、劉禅に危機感を植え付けるため、
「今天下三分して、益州疲弊す。此れ誠に危急存亡の秋なり」(今天下は三国に分裂し、[蜀の領地である]益州は厳しい状況である。これは誠に存亡の危機である。)
と送ったといわれています。
本題の「なぜ秋なのか」ということですが、秋という字には「重要な時期」という意味があります。
農家にとって秋は作物の収穫において重大な時期です。
国民の多くが農家だった昔は、秋という季節はまさに国の存亡がかかるレベルで重要であったに違いありません。
秋という季節は一年の総決算の時期。
三国時代に突入し、蜀も佳境に迫ったということを諸葛亮は劉禅に伝えたかったのでしょう。